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知られざる黒川温泉の歴史
露天風呂の充実ぶりこそ、黒川温泉の人気を押し上げる一番の要因と言えるでしょう。
セールスポイントに露天風呂を掲げる温泉はたくさんあることでしょう。
とても他の温泉とは比較にならないほど、黒川温泉の露天風呂に対する熱い思いは強いものがあります。
後藤哲也氏という方は「新明館」の経営実権が無いにも関わらず、常日頃から旅館の繁栄について腐心しています。
腐心に腐心を重ねた末に、くつろぎと癒しこそ最大のサービスだということに気づきましたが、露天風呂の充実はその答えとなりました。
自分の出した結論に確信を得た後藤氏は、ますます繁栄のために全身全霊を投入しました。
のんびり風景を見ながら浸かるのが、露天風呂の基本です。
露天風呂を山肌に向かって建てました。
やすらぎとくつろぎを同じように考慮しました。
日本庭園ならぬ野山を造ったり、樹木を植えたりしました。
新明館の大盛況は、この努力の結果生まれました。
「もともと新明館は立地条件に恵まれているから当たり前」という他の旅館経営者達の見方もありました。
宴会を中心にした客層しか呼べない状態を続けており、露天風呂を充実させたり庭を緑にする旅館はありませんでした。
新明館はやがて大人気となりましたが、「いこい旅館」の婿養子がその盛況ぶりを見て、旅館繁栄の基礎を後藤氏から教わりました。
女性専用の露天風呂を作った「いこい旅館」は、美人湯としての評判が見事に広まることになりますが、これは露天風呂の充実にそれぞれの旅館が力を入れるきっかけになります。
黒川温泉の人気の秘密や歴史にはこのようなこともあったんです。
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